2013年 世界的に特許取引が大幅減少
アメリカの特許取引を専門的に研究するAST社と、特許取引コンサルティングサービスを提供するIPOfferings社の研究報告によると、2011-2012年は特許取引が非常に活発であったが、2013年以降は、特許の取引規模が世界的に、取引件数においても、取引金額においても、大幅に減少している。
IPOfferings社の年次報告「特許価値指数」統計(単位:米ドル)
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年度
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取引総額
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特許売却件数
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平均価格
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2012
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$2,949,666,000
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6,985
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$422,286
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2013
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$1,007,902,750
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3,731
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$270,143
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2014
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$ 467,731,502
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2,848
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$164,232
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AST社の分析では、2010年以来、取引の78%はハイテク産業で、2014年では、取引の60%が通信及びソフトウェア技術関連であり、通信の取引では、70%が製品又はサービスを直接に提供しない非営利団体(例えば、研究開発機関、財団等)に買入されている。
2014年は、特許取引は減少したものの、特許訴訟は減少しておらず、世界的な電子消費製品の市場競争はますます熾烈になっている。上記で述べたような特許取引の新たな傾向については、分析から、その傾向を生じる理由が三つ考えられる。
(一) 新米国特許法-当事者系レビュー(Inter Partes Review、略称IPR)
米国特許法が2012年9月16日に改正、実施された後、従来の「当事者系再審査(Inter Partes Reexamination)」に代わるものとして、訴訟性質を有する「付与後レビュー(Post-Grant Review,PGR)」と当事者系レビュー(IPR)が導入されることになった。
実務の統計によれば、米国の全ての特許紛争事件中、訴訟手続きによる紛争解決は3%にも満たない。言い換えれば、大部分の特許紛争事件は法廷外で解決されており、その要因は、訴訟費用の高さにある。
しかしながら、IPR手続きにおいては、米国特許審判部(PTAB)が無効と認定した特許の割合は77%に達している(特許権者が自主的に放棄した特許、PTABが審理していない特許を含まない)。これはIPRが訴訟よりも低コストで迅速に特許無効を宣告するルートを提供したことを意味し、これにより米国特許が無効とされる可能性が大幅に高まり、特許評価に深刻な低下をもたらし、間接的に特許取引に影響を与えている。さらに、ある知的財産コンサルティング会社は、IPRによって米国特許の価値が2/3に下落し、これによる米国の経済損失は1億ドルとみている。
(二)2014年米国最高裁判所の判例の立場変更
1.特許が無効と認定されやすくなった
連邦巡回区控訴裁判所CAFCはこれまで「特許重視政策(プロパテント政策)」を守ってきた。つまり、特許権者を保護する傾向にあった。しかし、2014年最高裁判所は、審査した6件の特許事件において、全て特許権者に不利な判決結果を下したことで、業界は、米国最高裁判所がCAFCのこれまでのプロパテント政策から、特許をより簡単に無効とすることへ見直しをしたものととらえた。例えば、Alice v. CLS Bank事件では、争点が、コンピュータによって実行される抽象的アイデアが特許適格性を有するか否かであったが、米国最高裁判所は特許適格性が無いと判断した。このように、ビジネス方法は特許を取得できなくなり、ソフトウェア特許も特許法第101条によって無効と認定されやすくなった。
また、2014年6月2日Nautilus Inc. v. Biosig Instruments Inc.事件で、米国最高裁判所は「特許の明確性要件判断基準」を確立し、長い間、CAFCが明確性要件の判断基準としてきた「クレームが『解釈可能』(amenable to construction)である、及び、解釈後のクレームが『解決不能なほど曖昧ではない』(not insolubly ambiguous)ものであるという基準に通れば、明確性の要件を満たすものと認定される」との判断基準は、米国特許法の明確性要件の要求に合致していないと認定した。米国最高裁判所は、特許は「合理的な確実性(Reasonable Certainty)」を満たし、保護を請求しようとする範囲を当業者が理解できるようにすべきであるとした(米国特許法第112条(b)を参照)。
2.特許権者による権利侵害の立証基準の引き上げ
さらに、2007年1月米国最高裁判所はMedtronic, Inc. v. Mirowski Family Ventures, LLC.事件で、実施権者が確認の訴えを提起したときの挙証責任の帰属を確定した。実施権者はライセンス契約の違反又は終了(例えば、ライセンス料の支払いを停止するなど)を前提条件としなくても、連邦裁判所に確認の訴えを提起でき、裁判所にライセンス契約に係る特許が無効である、権利を行使することができない、権利侵害を受けていない旨の宣告を裁判所に請求することができる。実施権者が、ライセンス契約期間において、原告の身分で特許が侵害されていないことを確認する訴えを提起する場合、権利侵害の事実の挙証責任について、CAFCはこの確認の訴えにおいては、実施権者に挙証責任があるとしていたが、米国最高裁判所は、2014年1月22日に、CAFCの見解を覆し、特許権者に挙証責任があると判断した。その理由としては、特許権者が権利侵害の事実を挙証すべきなのは既に確立された原則であり、確認の訴えを提起することは実質的な権利内容に影響を与えることもなければ、このことで挙証責任を転嫁する効果が生じることもないためである。
3.地方裁判所の裁判官が訴訟費用の負担について決定する裁量権を有する
米国の平均的な特許訴訟費用は100万ドル以上であるが、2014年のOctane Fitness v. Icon Health and Fitness事件とHighmark Inc. v. Allcare Health Management Systems, Inc.事件では、弁護士費用の分配の仕組みが変更された。米国最高裁判所は「地方裁判所の裁判官が一方に他方の弁護士費用を負担させる裁量権を有する」との見解を示した。このことにより、特許権者が敗訴し且つ他方の弁護士費用を負担する判決が下される可能性が非常に高くなった。
(三)特許権者による市場支配的地位の濫用を抑制し、SEPsの価値を下げる
標準必須特許(standards-essential patents,SEPs)は、標準化団体によって策定された技術標準に組み込まれている特許で、企業の市場占有率を高めることができるだけでなく、これによりライセンス料を受け取って、標準化団体のメンバーに有償で特許使用を提供することができる協力モデルである。ここ数年来、幾つかの大手メーカーはSEPsを、競争相手を阻害する武器としている。例えば、サムスン、Interdigital、Ericsson等の企業が提起した権利侵害訴訟は、いずれもSEPsに関連した訴訟事件である。
SEPsは回避できないものであるため、SEPs権利者は、特許ライセンスの交渉において優越的な地位にあり、これらSEPsの商業的価値も高く、このため容易に権利の濫用が生じる。そこで、2013年から、各国の裁判所、政府機関、国際組織などは、SEPs権利者による高額なライセンス料要求の問題を懸念し、権利濫用の抑制を試みている。
以上の要因により、2013年より世界的に特許取引が大幅減少となった。これまで、米国は常に特許取引センターであったが、上記要因の影響を受けて、今後特許取引の活気は低下し、特許価値も低下する恐れがある。今後、国際的な特許取引センターとなるには次の3つの要件を満たすことが必須となる。(1)特許を十分に保有している(2)特許が保護しようとする商品又はサービスにとって、競争の激しい重要市場である(3)特許判決が予測可能で抑止力を有し、権利侵害を阻止し且つ政策ルールに影響を与えることができる。
中国は(1)と(2)の要件を満たしているものの、特許訴訟の結果は予測が難しく、且つ賠償金額は低く執行が困難である。したがって、今後特許取引センターとなる可能性があるのは、欧州と言える。理由としては、欧州には統一特許裁判所があり、管轄範囲も広いうえに、欧州統一特許裁判所の命令は全ての欧州の国で適用することができ、また、欧州の特許保有数も十分であり、欧州特許庁の審査の品質も高いことが挙げられる。
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