中国における2022年専利複審無効十大事例の1つー
秘密保持審査規定の違反により無効とされた事件
グローバル化の進展に伴い、技術関連企業の多くは、競争優位の維持または地政学的リスクを考慮して、本社所在地以外の国や地域に事業を展開している。その中で、生産コストの削減で工場を人件費の安い地域に移転し、コア技術を研究開発する部門は本社に置いたままのケースが多いが、現地顧客のニーズへの対応や人材確保のために、外国に研究開発部門を設置する又は現地の企業と共同開発するケースも少なくない。例えば、多くの国際企業は、世界の工場と呼ばれ、巨大な消費市場を持つ中国に研究開発部門を設置している。
しかし、現地で創出された知的財産権が国家の安全保障に関わるものであれば、保護すべき秘密情報に該当する可能性がある。情報の漏洩を防ぐために、多くの国では特許法に秘密保持審査条項が設けられている。国内で完成した発明について、その国を第一国として出願する場合は、当該国の特許庁が秘密情報に該当するか否かを審査するが、外国の特許庁を第一国として出願しようとする場合は、別途当該国の主務官庁に秘密保持審査を請求して許可を得る必要がある。この規定に違反した場合は、拒絶理由または無効理由となる。
中国の専利法の第19条第1項によると、いかなる組織または個人も中国国内で完成した発明または実用新案について、外国で専利を出願しようとする場合、事前に国務院専利行政部門による秘密保持審査を受けなければならない。2023年4月、中国国家知識産権局(China National Intellectual Property Administration, “CNIPA”)は2022年専利複審無効十大事例を発表した。その中で、秘密保持審査規定の違反により無効とされた典型的な事例として、実用新案の無効審判請求事件が選定され、法律の適用基準についても解釈がなされた。以下にこの無効審判請求事件を紹介する。
専利権者(浙江捷昌線性駆動(株))は、2016年12月20日に米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office, “USPTO”)に仮出願し、そして、2017年1月10月に同一発明をCNIPAに出願し、また、2017年4月14日にその中国出願に基づいて優先権を主張して本件の実用新案(以下「係争実用新案」という)を出願した。無効審判請求人は、その主張された優先権が最初の出願ではないことと秘密保持審査規定の違反を理由として無効審判を請求した。
請求人は、まず、係争実用新案の発明者全員が中国籍であり、そして、証拠の新規株式公開目論見書と専利権者について報道されたネット記事により、専利権者が中国で完備した研究開発体制および組織を有すること、また、この分野の技術は効果的に研究開発するために製造と統合する必要があること、さらに、専利権者が外国に研究開発部門を設置していないことを根拠として、本件発明が中国国内で完成したと主張した。
一方、専利権者は、創業者で取締役会長であり、係争実用新案の筆頭発明者でもある胡氏の出入国記録を提出し、胡氏が2016年に3回米国に出張したことにより、滞在期間内に係争発明を完成したことを立証し、他の発明者はやり取りの中のみで貢献したと反論した。
CNIPAは、まず、専利権者が指定された答弁期間内に証拠の出入国記録を提出できなかったため、専利審査指南によると、原則的に考慮すべきではない証拠に該当すると指摘した。しかし、当該証拠は係争発明が外国で行われたことを証明するために提出されたものであり、本件審理において重要な要素であることを考慮すると、もし当該証拠の提出が遅れたことだけで採用されず、専利権が無効になるとすれば、法的効果は明らかに不適切であるため、CNIPAは本件の審理に当該証拠を採用した。
次に、CNIPAは、同一発明を先に外国特許庁に出願するときに、秘密保持審査を請求しなかった場合、もし無効審判請求人が発明の実質的内容が中国国内で完成したことを疎明でき、専利権者が発明の実質的内容が外国で完成した十分な証拠を提出できないときは、専利権者はその発明について専利保護を受けられないという法的結果を受け入れなければならないとした。
本件では、請求人は、専利権者の住所地と発明者の国籍の側面から証拠を提出した。疎明の程度に達していると考えられるため、係争発明が外国で完成したことについての立証責任は専利権者に転換すべきであると判断された。しかし、専利権者は出入国記録以外の証拠を提出できなかった。この出入国記録はせいぜい補助的な証拠であり、係争発明が外国で完成したことを直接的に証明できる証拠とはならないため、CNIPAは最終的に当該実用新案を無効とすべきと審決した。
当所のコメント
発明または実用新案が中国において秘密保持審査の対象となるか否かについては、発明者の国籍と関係なく、「発明の実質的内容が中国で行われたか否か」により判断される。実質的内容が中国国内で完成した発明創造を、秘密保持審査を先に請求せずに外国特許庁に出願した場合、拒絶理由または無効理由になり、中国で専利保護を受けることができなくなる。
本件により、秘密保持審査規定の違反による無効審判請求事件の審理において、請求人が提出した証拠がその主張を裏付ける高い説得力を示す場合、立証責任は専利権者に転換され、専利権者が直接証拠を提出して反論できなければ、専利保護を受けられないという結果になることが明確に示された。また、証拠の提出遅延について、専利の存否の判断に十分に影響する証拠であれば、CNIPAはその証拠の採用を衡量することができる。したがって、今後、出願人は、専利保護が受けられなくなることや権利が無効化されることを避けるために、現地の秘密保持審査に関する規定に注意すべきである。
また、秘密保持審査の請求方法については、技術の詳細内容を提出して直接に請求する方法のほか、発明についてCNIPAを第一国として出願する、またはCNIPAをPCT出願の受理官庁として出願する場合は、同時に秘密保持審査を請求したとみなされ、別途請求手続きの必要がない。
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