中国における特許権無効宣告後の権利非侵害確認訴訟の
提起要件及び管轄問題
中国では、被警告者又は利害関係人は、特許権者から送付された権利侵害警告書を受け取った場合、中国民事訴訟法第119条に掲げる「(1)原告は当該事件と直接に利害関係を有する国民、法人又はその他の組織であること(2)明確な被告がいること(3)具体的な訴訟上の請求及び事実があること(4)人民裁判所が受理する民事訴訟の範囲及び受訴人民裁判所の管轄に属すること」の規定を満たしていれば、同法第28条の規定に基づき権利侵害行為地又は被告の住所地の人民裁判所に対して権利非侵害の確認を求める民事訴訟を提起して自身の権益を守ることができる。但し、権利非侵害の確認を求める紛争事件は、性質的に、民事訴訟法上の消極的確認の訴えに属し、一般の民事紛争事件と異なるため、最高人民裁判所審判委員会は、2010年1月1日に公布した《最高人民裁判所による専利権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈》(以下、《法釈[2009]21号解釈》という。専利とは、特許、実用新案、意匠の総称である)の第18条に、この種の紛争事件の訴訟提起の前提条件を定めており、被警告者又は利害関係人が権利非侵害確認訴訟を提起するための要件が明確に規定されている。その要件は、「(1)権利者が権利侵害の警告書を送付し、(2)被警告者又は利害関係人が書面で権利者に対して訴権行使の催告をしたが、(3)権利者が規定の期間内に警告の撤回も訴訟の提起もしなかった場合、(4)被警告者又は利害関係人は人民裁判所に訴訟を提起することができる」であり、これらの要件を満たした場合、人民裁判所は、被警告者又は利害関係人が提起した訴訟を受理しなければならない。
但し、特許権者が、自身の所有する特許権が無効と宣告されたが、当該特許権の無効宣告請求の審査決定が発効する前に、依然として権利侵害の警告書を送付した場合、被警告者又は利害関係人は、民事訴訟法第119条の規定に基づき、権利非侵害の確認を求める民事訴訟を提起することができるのだろうか。東莞銀行(以下、原告という)と特許権者の張学志(以下、被告という)の権利非侵害の確認を求める紛争事件では、被告は、自身の所有する係争特許が2018年8月31日に国家知識産権局によって無効と宣告されたが、依然として原告に警告書を送付し、原告は広州知的財産裁判所に権利非侵害確認訴訟を提起する前に、被告に権利行使の催告書を送付したが、被告はそれを無視し警告の撤回も権利侵害訴訟の提起もしなかった。原告の訴訟提起行為は、《法釈[2009]21号解釈》の第18条に定められている訴訟提起の前提条件を満たしていたが、第一審裁判所の広州知的財産裁判所は、無効と宣告された特許権は初めから存在しなかったものとみなされるため、係争特許の全部が既に無効と宣告された状況下で原告が提起した係争特許の非侵害確認訴訟は全く事実の基礎を欠き、その訴訟提起は法律で規定された「具体的な訴訟上の請求及び事実がある」との受理条件を満たさないと認定し、原告の訴訟提起を受理しない裁定を下した。これについて、原告は第一審裁判所が下した(2019)粵73知民初1611号民事裁定を不服として、最高人民裁判所に上訴を提起した。
この特許権非侵害の確認を求める紛争事件の主な争点は、「被告は、特許権無効宣告請求の審査決定がまだ発効してない場合に、警告書を送付することができるか」、そして「原告は、特許権無効宣告の審査決定によって訴権を失ったか」ということにある。これについて、最高人民裁判所は、2020年6月12日に下した(2020)最高法知民終225号民事裁定で、「専利法第46条第1項には、特許権無効宣告請求の審査決定の発効時点について明確に定められておらず、また特許権無効宣告請求の審査決定は、下されると直ちに発効するわけでなく、当事者が法律で規定された訴訟提起期間満了前に訴訟を提起しなかった又は当該決定を維持する判決が発効したとき、その法的効力が始めて生じることになる。したがって、特許権無効宣告請求の審査決定がまだ発効していない状況においては、特許権の有効性を否定する効力が生じないため、権利者が権利侵害警告書を送付することには権利の基礎がある。それに対して、被警告者も、法律で規定された要件を満たせば、特許権非侵害の確認訴訟を提起することができる。第一審の裁定で、特許権無効宣告請求の審査決定が下されて直ちに発効したことを理由として、係争特許権が初めから存在しなかったものと認定したことは、法律適用の誤りに属し、是正すべきである」と認定して、第一審の裁定を取消し、当該事件を受理して審理するよう広州知的財産裁判所に命じた。
このことから分かるように、特許権者は、所有の特許が無効であると宣告されても、特許権無効宣告請求の審査決定が発効するまでは、法の規定によって警告書を送付して自身の権益を守ることができる。同様に、警告書が送られた被警告者も、権利者が書面の催告を受領した日から1か月以内又は書面の催告が送付された日から2か月以内に、警告の撤回も訴訟の提起もしなかった場合、自身の権益を保護するために、民事訴訟法第28条、第119条及び《法釈[2009]21号解釈》の第18条の規定に基づき、直ちに自身の行為について権利非侵害確認の訴訟を人民裁判所に提起することができる。
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