中国 「今日头条」が「今日油条」に対して商標権侵害訴訟を提起
最近、中国の著名なグローバルIT企業である『北京字節跳動科技有限公司(ByteDance、以下、バイトダンスという)』が、2020年5月に設立したばかりの小規模企業『河南今日油条餐飲管理有限公司(以下、河南今日油条という)』に対して商標権侵害訴訟を提起し、世間の注目を集めている。バイトダンスは、2020年8月に、河南今日油条の出願した商標“今日油条”(日本語で「本日の細長い揚げパン」の意味、第30、35、43類への使用を指定し、現在審査待ち)の使用態様が、自社の登録商標“今日头条”(日本語で「本日のベッドライン」の意味)と極めて類似するだけでなく、スローガンも似通っており、それだけでなく、店舗「今日油条」の店内のキャッチフレーズ、内装、ポスターも見覚えのあるものばかりであることを発見した。バイトダンスは、相手方が故意に便乗して自社の登録商標を侵害したと主張し、商標権侵害訴訟を提起した。この事件(番号:2020粤73行保1号)は、現在、広州知的財産権裁判所が審理しているところである。
具体的な使用態様
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スローガン
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バイトダンス
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你关心的 才是头条
(あなたの気になるニュースこそが、ヘッドライン)
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河南今日油条
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关心你的 才是好油条
(あなたのことを気にする揚げパンこそが、良い揚げパン)
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実際、著名な企業の登録商標が便乗される類似の事件は、中国においては珍しいことではない。例えば、四川の著名な白酒製造業者である五糧液グループは、2010年から“二糧液”、“ 三糧液”、“ 九糧液”等の多くの“N糧液”の酒類商品が市場に出回っているのを発見し、商標権に基づき権利行使を展開したが、そのうち、“九糧液” 商標を所有する甘粛濱河グループに対する商標権侵害訴訟は、順調に進まなかった。第1審と第2審の裁判所はいずれも、甘粛濱河グループの製造した“九糧液”商品は“五糧液”の商標権を侵害していないとの判決を下した。2019年5月になって、第3審の最高裁判所が、「“九糧液”の使用は、公衆に商品の出所について混同誤認を生じさせやすいため、甘粛濱河グループは、その文字を付した又は強調した商品の製造、販売を停止し、賠償金として900万人民元を支払わなければならない」との判決を下したことで、6年にわたる双方の長い訴訟はようやく終了した。このほかに、著名な企業が商標権の保護に成功した例としては、「 “黄福記” ブランドの所有者である榮豊公司に対し訴訟を提起し、一審(2017年)で勝訴を得た広東のスナック食品ブランドの徐福記公司」、「著名な焼肉ブランド“百度烤肉(バイドゥ焼肉)”を所有する億百度餐飲管理有限公司に対し訴訟を提起し、二審(2019年)で350万人民元の賠償金を獲得した中国検索エンジンの最大手である百度(バイドゥ)」等がある。これらの事例は、悪意で著名商標、馳名商標を模倣し混同を生じさせる行為の阻止において一定の指標的な意味がある。
しかしながら、全ての著名な企業が、類似商標の侵害訴訟において勝訴を得て相手側の商標権侵害行為を順調に阻止できたわけではない。中国で有名な火鍋チェーン店の海底撈(以下、原告という)は、先頃、長沙の湖南料理レストランの河底撈(以下、被告という)が自社の商標を侵害したとして、20万人民元の賠償金支払いを求めて訴訟を提起した。第1審の長沙市裁判所は、(1)双方の商標は「海」と「河」の文字の差異があり且つその発音は同一でも類似でもない(2)双方の看板は構図も色も類似していない(3)双方の販売している料理は異なるなどの理由に基づき、双方の商標について消費者に混同誤認を生じさせる虞はないと認定し、2020年8月12日に被告の行為は権利侵害に当たらないとして、原告の請求を棄却する判決を下した。原告は敗訴後、自社の商標を全面的に保護するために、同年10月28日に「池底撈」「海底挑」など計263個の類似商標を一気に登録出願した。
筆者は、“今日油条”商標事件は、米国商標法に規定される他人の商標のユーモラスで皮肉的な使用(Trademark Parody:パロディ商標)により類似するものと考える。米国商標法の規定によると、他人の商標のユーモラスな使用は、商標権者の商標の稀釈化の主張に対する抗弁とすることができる。ただ、風刺的、ユーモラスな使用には、言論の自由、合理的な使用に当たるか否かの問題だけでなく、商標の稀釈化や商標の信用を損なうか否かの問題もある。米国のコモンロー(common law)裁判所は、状況に応じて、このような皮肉が商標を直接貶める或は中傷することに当たるのか、それとも創作的で許容できるユーモアがあるため、商標の合理的な使用に属するのかを判断する。中国の裁判所がこの商標権侵害事件を審理する際に上述のコモンローの概念を採用するのか、注目されるところである。また、紛争の両当事者が指定した商品及び役務は、同一又は類似でないため、商標権者の排他権をその著名程度により拡大して被告の商標の権利範囲を排除できるかどうかは、やはり裁判所による認定と、公平で公正な指標が出されるのを待つことになる。 |