中国 渉外OEMはもはや
商標権侵害責任の回避理由にならない
中国はOEM大国であり、中国で製造された商品は海外で販売されることが多い。専ら海外での販売を目的とし中国国内では流通販売を行わない商品を製造して商標を付す行為は中国語で“貼牌(ティエパイ:商標を貼り付けること)”と呼ばれる。いわゆる“渉外OEM”とは、中国国内の加工企業が外国企業から委託されて商品を製造・加工し、さらに外国企業が指定した又は使用許諾した特定の商標を貼付して、その最終商品全てを海外にある委託先に納入する貿易形態をいう。このときに、外国企業が指定した又は使用許諾した特定の商標が、中国国内で既に登録済みの商標と同一又は類似し、しかも商品も同一又は類似する場合、商標権侵害の紛争を引き起こす恐れがある。中国商標法第57条の規定によると、商標登録人の許諾を得ずに、同一の商品に当該登録商標と同一又は類似の商標を使用した場合、又は類似の商品に当該登録商標と同一又は類似の商標を使用して、容易に混同を生じさせた場合、又は登録商標専用権を侵害する商品を販売した場合は、いずれも登録商標専用権の侵害行為となる。では、中国国内で加工して納品のため海外に輸出される“貼牌”や“渉外OEM”は、商標権侵害の使用態様に該当するのだろうか。裁判所のこれらに対する態度は、このような貿易行為が商標権侵害に当たるか否かや、商標権者がそれに対して権利を主張できるか否かに関わっているため、貼牌や渉外OEMの法律上の位置づけは特に重要である。
最高人民裁判所は2015年の「PRETUL」事件註1及び2017年の「東風」事件註2の判決で、渉外OEMは商標法上の商標の使用に該当しないと認定し、純粋に輸出向けで中国では流通販売をしない貼牌行為について権利侵害に該当するとの認定を排除した。しかしながら、2019年9月のHONDAKIT事件註3の判決では、最高人民裁判所は、ある特定の貿易形態を簡単に商標専用権侵害の除外状況として固定化するべきでないと改めて解釈しなおし、本事件の渉外OEMは商標権侵害に該当するとの判決を下した。以下はHONDAKIT事件の概要である。
本件の商標権者は本田技研工業株式会社(Honda Motor Co., LTD. 以下、「ホンダ」という)で、中国において第314940号、第1198975号及び第503699号の登録商標を保有している。被告会社(恒胜鑫泰貿易有限公司、恒胜集団有限公司)は第三者であるミャンマーの美華社(MEI HUA COMPANY LIMITED)との間で、「HONDAKIT」という文字を付したバイクの組み立て部品註4を製造し、製造後にミャンマーに輸出する受託製造契約を締結した。2016年の中頃に中国の税関はそのバイクの組み立て部品を発見し、権利者に通知した。権利者は商標権侵害訴訟を提起した。
一審判決では、裁判所は使用許諾を受けたOEMであることが確認できず、しかも、被告会社の商品に付された「HONDA」の文字が明らかに大きいのに対し「KIT」の文字は小さく、これは使用許諾を受けた商標の寸法の比率と一致していないだけでなく、拡大した「HONDA」文字の部分は、係争商品における「HONDA」の文字と図形を明らかに際立たせ且つ強調した使用や視覚効果があり、同一又は類似の商品に登録商標と同一又は類似の商標を使用することに該当するため、被告の行為は商標法第57条第2項及び第3項に該当し、ホンダの登録商標専用権に対する侵害であると認定された。
被告はこれを不服として上訴した。二審裁判所が下した判決では、被告会社が第三者の美華社と締約した契約書には、商品内容、出荷先などのOEMに係る発注条件が明確に定められており、商品は全て海外にて販売され、委託者は海外で本事件に係る登録商標を保有しているだけでなく合法的に被告会社に使用許諾をしたなどを理由として、被告会社の行為は渉外OEMに該当するが、商標法上の商標の使用にはあたらないため、商標権侵害の責任を負う必要がないとされた。二審裁判所は次のように認定している。「商標法第48条の規定によると、“この法律において商標の使用とは、商標を商品、商品の包装若しくは容器及び商品の取引き書類に用いること、又は広告宣伝、展示及びその他の商業活動に用いることにより、商品の出所を識別するための行為をいう”。商標法上の商標使用に関する本質的な意味は、商業活動における商標の識別性を保護することであり、標識のある種の使用が、商業活動において商品の出所を識別するためのものではない場合、商標法第57条第2項に規定された商標権者の許諾を得ずに“使用する”という権利侵害の前提要件を満たさない。被告会社の行為で、中国国内の関連公衆が当該商品に接触する可能性は低く、貼牌も、中国国内では商品の出所識別機能を果たし得ないため、商標の使用に該当しない。」
商標権者は二審判決を不服として、最高人民裁判所に再審請求をした。最高人民裁判所は二審判決を取消し、次のような見解を示した。
一、 被告会社の行為は渉外OEMに該当する。
二、 被告会社の行為は商標の使用に該当する:
1、 商標の使用:商標法第48条に規定された「商品の出所を識別するための」とは、商標使用者の目的が商品の出所を識別することにあり、それには商品の出所識別機能を果たす可能性があることと、商品の出所識別機能を実際に果たすこととが含まれる。商標の使用は態様が繁雑であるため、生産製造又は加工された商品に貼り付ける方法又はその他の方法で商標を使用した場合、商品の出所を識別する可能性を具備してさえいれば、当該使用態様は商標法上の「商標の使用」に属すると認定するべきである。
2、 被疑侵害品には、関連公衆が接触し混同する可能性が存在する:《最高人民裁判所による商標民事紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する解釈》第8条には「商標法において関連公衆とは、商標が示す特定の商品又は役務に関連する消費者及び前記商品又は役務の営業販売と密接な関係を有するその他の経営者をいう」と規定している。本事件の関連公衆は、被疑侵害品の消費者のほかに、被疑侵害品の営業販売と密接な関係を有する経営者も含むべきである。本事件の場合、被疑侵害品の輸送などの段階の経営者にも接触の可能性がある。しかも、電子商取引やインターネットの発展に伴い、被疑侵害品が海外に輸出されたとしても、中国国内に逆輸入される可能性がある。また、中国経済の絶え間ない成長に伴って、海外へ旅行や買物をする中国人消費者も多く、それらが「貼牌商品(OEM商品)」に接触したり混同したりする可能性もある。
三、 被告会社の行為は商標権侵害を構成する:
1、 商標権侵害行為:商標の基本的な機能は商品又は役務の出所を区別する識別機能であるため、商標権侵害は、本質的に商標の識別機能を破壊し、一般消費者に商品の出所について混同誤認を生じさせるものである。商標法第57条第2項の規定からわかるように、商標権侵害行為の帰責は無過失責任原則に属するべきであり、しかも実際に損害が生じたことを権利侵害の構成要件としない。
2、 本事件でバイクに使用されている被疑侵害の「HONDAKIT」の文字と図形は、原告のホンダが保護を請求する三つの商標と同一又は類似の商品において類似商標を構成している。そのため、被疑侵害行為は商標の使用に該当し、関連公衆に混同誤認を生じさせる可能性があり、関連公衆を容易に混同させるものである。
3、 経済発展のパターン転換に伴い、渉外OEMから生じる商標権侵害問題の認識や紛争解決も絶えず変化し、深化している。司法を通して紛争を解決する場合、法律適用において法律制度の統一性を維持しなければならず、ある特定の貿易形態を簡単に商標権侵害の除外状況として固定化することはできない。固定化すれば、商標法上の商標権侵害判断の基本原則に反することになる。
4、 商標権は地域性を有するものである。中国で登録をしていない商標は、海外で登録済みであっても中国においては登録商標専用権を有しない。従って中国国内の民事主体が取得した「商標使用許諾」も、中国の商標法で保護される商標の合法的な権利に属しないため、商標権の侵害でないとの抗弁事由とすることができない。
本事件の判決から、最高人民裁判所は、渉外OEM行為に該当すれば商標権侵害にならないという過去の見解を改め、ある行為が特定の貿易形態に属することだけで、商標権侵害か否かを決定することはできないと指摘していることが分かる。筆者は、政策主導の法律枠組みの下では、一審裁判所の事実の認定と法律の適用が妥当と考えている。一審裁判所は、被告の付した商標の実際の使用方式と使用許諾された商標とが明らかに違っていることに基づき、貼り付けられた図案は使用許諾の図案と一致しておらず、しかも添付された商標は原告の登録商標に類似すると判断し、これにより被告の行為は商標専用権の侵害を構成し、権利侵害の責任を負うべきであると認定した。つまり、OEMが商標の使用に該当するか否かという問題を議論する必要はないということである。要するに、中国国内で登録済みの商標権者は、権利侵害者のOEM商品であるとの主張により敗訴となる可能性を考えるのではなく、やはり具体的な権利侵害事実をもって権利を主張するべきなのである。
註1:最高裁判所(2014)民提字第38号民事判決書においては「渉外OEMにおける商標の使用は、加工商品の出所を区別する意味がないだけでなく、当該商品の出所を識別する機能を果たすこともできないため、その商品に付した標識は商標の属性を備えておらず、商品に標識を付する行為も商標の使用と認定することができない。」との見解が示された。最高裁判所の認定した“《商標法》上の商標の使用に該当しない”という理由について、多くの業界関係者はOEMの商標権侵害問題における“定論”であると考えている。
註2:江蘇省高級人民裁判所は、2015年12月18日に“東風”商標のOEM事件について二審判決で「渉外OEMが国内の商標権者の登録商標専用権の侵害を構成するか否かについては、論争が続いている。権利侵害か否かを判断するときは、国内の商標権者、国内の加工企業と海外の商標権者又は商標使用権者の利益を十分に考慮しなければならない。国内の加工企業がその国内の商標に一定の影響力がある又はそれが馳名商標であることを明らかに知っており又は知るべきでありながら、悪意による抜け駆け登録出願をした疑いがある海外の委託者の委託を受けた場合は、国内の加工企業に過失が存在すると認定し、相応の民事責任を負わせなければならない。」との見解を示した。
最高人民裁判所は2016年7月にこの事件を再審し、2017年12月28日に(2016)最高法民再339号民事判決書(即ち“東風”事件の再審判決書)で、江蘇省高級人民裁判所の二審判決を覆して、商標の識別機能を具備しないOEMは商標権侵害を構成しないと認定し、“東風”のOEMは商標権侵害にあたらないという判断を下した。
註3:最高人民裁判所(2019)最高法民再138号判決書を参照。
註4:被告の係争商標「HONDAKIT」の実際の使用態様を調べたが、見つからなかった。
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