中国 老舗名称の主要部分と同一の
紛争について、併存しつつブランドの特色を
強化するという新しい考え方を提示
【出典:北京法院審判信息網】
判決番号:(2016)京73行初4647号
審理法院:北京知識産権法院
事件類型:行政訴訟
判決日:2017年11月28日
公布日:2018年7月5日
原告:蘇州稲香村食品有限公司(以下、蘇州稲香村という)
被告:国家工商行政管理総局商標評審委員会
第三者:北京稲香村食品有限責任公司(以下、北京稲香村という)
その他:『中華人民共和国最高人民法院による商標法改正決定施行後の商標事件の管轄及び法律適用問題の解決に関する解釈』第7条の規定により、人民法院は関連する手続き問題の審査については『商標法』(2014年版)を適用し、実体的な問題の審査については改正前の『商標法』(2001年版)を適用した。
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係争商標:「稲香村集団」
登録番号:第7116769号
出願人:蘇州稲香村食品有限公司
出願日:2008年12月17日
指定区分:30類(キャンディー、菓子、パン、月餅、もち、ちまき、元宵団子、穀物の加工品、ビスケット、小麦粉の加工品)
存続期間:2010年7月14日~2020年7月13日
その他の事項:2015年9月22日蘇州稲香村食品廠有限公司と蘇州稲香村食品工業有限公司は吸収合併契約を交わし、蘇州稲香村食品廠有限公司となった。
2015年11月10日蘇州稲香村食品廠有限公司は、会社名称を蘇州稲香村食品有限公司(すなわち本訴訟事件の原告)に変更した。
2015年12月4日商標出願人は、当該商標の行政訴訟事件の原告への移転を申請した。
2016年11月3日商標局は、当該商標は既に無効宣告されたため、譲渡申請を認めないとする裁定を下した。
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原告は、商標権の無効宣告請求に関わる行政紛争事件で、被告が2016年7月15に下した商評字[2016]第62272号の第7116769号「稲香村集団」商標の無効宣告請求に関する裁定(以下、「訴訟に係る裁定」)を不服として、法定期間内に北京知識産権法院に行政訴訟を提起した。法院は2016年9月7日に事件を受理した後、合議法廷を設置して、利害関係人の第三者である北京稲香村に訴訟に参加するよう通知した。事件の審理を終えて、北京知識産権法院は、蘇州稲香村の訴えを退け、「北京稲香村」の商標権が有効であるとの商標評審委員会の裁定を維持する判決を下した。
本件の争点は以下の通りである。
1. 係争商標の登録は、「社会主義の道徳、風習を害し、またはその他の悪影響を及ばすもの」という改正前の『中国人民共和国商標法』(以下『商標法』という)の第10条第1項第8号に規定された商標として使用してはならない状況にあたるかどうか。
上記の問題について、被告の商標評審委員会は以下のように主張した。
改正前の『商標法』第10条第1項第8号の「社会主義の道徳、風習を害し、またはその他の悪影響を及ぼす」という規定は、商標自体の文字、図形またはその他の構成要素が公序良俗に違反して、否定的な悪影響を生じ、中国の政治制度、宗教、風俗習慣、公共の利益、公共の秩序等に害を与えることを意味しており、商標標識自体の意味を判断の依拠とする。
本件の係争商標は、漢字で構成された「稲香村集団」という単純な文字商標である。企業集団(企業グループの意味)とは、資本で強く結びついた親子会社を主体として、グループ定款を共通の行動規範とする親会社、子会社、持株会社及びその他のメンバー企業または組織からなる一定規模を有する企業法人連合体のことである。蘇州稲香村は、蘇州、北京、山東に3つの近代的な生産拠点と、5つの完全子会社と、2つの持株会社を持つ企業グループであると主張したが、上記の事実を証明する証拠を提出しなかった。それに事件の審理時は、会社の名称も変更しておらず、関連機関に登録が承認された企業グループではない。
また、当事者双方の陳述及び提出された証拠を全体的に見ると、北京稲香村と蘇州稲香村の両方とも「稲香村」と長い歴史があり、長期間併存して使用し発展した過程において、両方の商標、商号及びその商品はいずれも、高い知名度を有し、各自の消費者群と市場細分化が形成されている。これは一朝一夕でできたものではない。市場経済の条件下で、双方はさらに誠実信用に基づいて、歴史と現実を尊重し、市場を尊重し、消費者を尊重したうえで、誠実な経営、公平な競争、協調的発展により、「稲香村」という名称を継続して繁栄させていくべきである。この現状を壊したり、消費者の認知に影響を与えたり、市場における混同を増大させるといった一方による商標登録行為は、阻止されるべきである。
本件に戻ると、蘇州稲香村が「稲香村集団」が存在しないことを明らかに知りながら、その名義、組織形態と合致しない係争商標を登録出願したことは、容易に消費者にその商品の出所について誤認を生じさせるだけではなく、容易に消費者に現在の市場構造についても間違ったまたは混乱した認識を生じさせるものであり、既に形成された安定した市場の維持や、事業者間の公平な発展にとってマイナスとなる。したがって、係争商標の登録は、社会に悪影響を及ぼす可能性が高く、改正前の『商標法』第10条第1項第8号に規定された使用禁止の状況に該当する。よって、蘇州稲香村が提出した係争商標の使用証拠は、登録可能性を有することを証明する証拠とならない。
Ø 北京知識産権法院は上記の主張に同意し、「商標が「その他の悪影響を及ぼすもの」に該当するかどうかの判断は、実際に損害が発生したことを判断標準とするのではない。「その他の悪影響を及ぼすもの」を公序良俗の原則の商標法のおける具体的表現としており、それは公衆の利益と公共の秩序を守るため…具体的な事件において、提出された証拠が、社会の公共の利益及び公共の秩序を害する可能性がある商標であることを証明できるものであれば、「その他の悪影響を及ぼすもの」に該当すると認定することができる」と補足説明した。
2. 係争商標の登録は、北京稲香村の馳名商標の権益を侵害して、改正前の『商標法』第13条の規定に違反するかどうか。
商標評審委員会は以下のように主張した。
前記の事実の調査から、北京稲香村と蘇州稲香村の「稲香村」商標及び商号は何れも長期に亘って宣伝、使用されてきたことで、一定の知名度を有している。客観的には、双方が異なる表現形式の「稲香村」標識を長期に亘って使用したことによって、各自の消費者群及び市場認識が既に形成されている。このような場合、歴史及び現実を尊重したうえで、客観的に形成された市場構造を維持することを重視すべきであり、何れか一方の商標登録及び使用で現在の市場構造を壊すべきではなく、また「稲香村」標識を何れか一方に帰属させて、他方の正当な使用を排除すべきではない。
本件において、当事者双方の「稲香村」標識は、何れも一定の歴史的沿革と知名度を有しており、係争商標が使用を許可された商品範囲内、商標文字の表現形式においては、北京稲香村の商標である「稲香村」の複製、模倣とは言い難い。したがって、本件の場合、係争商標が改正前の『商標法』第13条の規定に違反すると認定するのは適当ではない。
3. 係争商標と引用商標一、二は、同一または類似の商品に使用する類似商標に該当して、改正前の『商標法』第28条の規定に違反するかどうか。
商標評審委員会は以下のように主張した。
改正前の『商標法』第28条の規定に該当するか否かの判定は、類似商品、類似商標を適用要件とするが、立法主旨は、関連公衆に商品の出所について混同誤認を生じさせるのを避けることにある。したがって、改正前の『商標法』第28条に規定の状況に該当するかどうかの判断は、事件の具体的状況に応じて、容易に混同を生じさせるかどうかを判断基準とし、商標標識の構成要素及びその全体的な類似程度を考慮し、関連商標の顕著性と知名度、使用される商品との関連性などの要素も考慮しなければならない。
本件における二つの稲香村商標はともに高い知名度を有しており、関連商標の併存が特殊な条件下で形成されている場合、両者の実際の使用状況、使用歴、関連公衆の認知状態、先行商標の信用が継続して存在しているかどうかなどの要素に基づいて総合的に判定するとともに、既に客観的に形成された市場構造を尊重し、事業者間の協調的発展の実現に注意を払わなければならない。
本件において、蘇州稲香村は係争商標の登録出願前に、先に「稲香村」シリーズの商標を有しており、指定商品も本件の係争商標の指定商品を含んでいる。一方、北京稲香村が登録した「稲香村」シリーズの商標は主に、特定の書体をしている。双方の商標は、指定商品、商標の構成要素及び表現の形式においてわずかな差異しかないが、双方とも「稲香村」との長い歴史を有し、しかも双方の地域は一つが南、一つが北であり、長期に亘って併存使用する過程で、製品特色と信用をそれぞれ築いてきた。この差異は既に関連公衆に既に広く認識されており、関連公衆が双方の商品の出所を区別する根拠となりうる。
本件の係争商標は、既に先に有し且つ長期に亘って使用する商品範囲を超えておらず、北京稲香村の二つの引用商標の指定商品と区別することができ、表現形式においても北京稲香村の引用商標と区別することができる。係争商標の登録は、総合的に考えると、関連公衆の双方の商標に対する混同誤認を増大させるものではない。
したがって、本件は係争商標が改正前の『商標法』第28条の規定に違反すると認定するのは適切ではなく、商標評審委員会は個別案件原則に従い、また北京稲香村の第5485873号商標異議申立復審事件に係る商標は本件の係争商標の文字構成及び表現形式の何れとも異なるため、本件判定の当然根拠とすることはできない。
4. 係争商標の登録は、北京稲香村の商号権を侵害し、改正前の『商標法』第31条「商標登録出願は、他人の既存の先行権利を侵害してはならない」の規定に違反するかどうか。
商標評審委員会は以下のように主張した。
改正前の『商標法』第31条の先行商号権に対する適用要件は、当該商号の登録日、使用日が係争商標の登録出願日より先で、中国の関連公衆において一定の知名度を有することを要求するだけでなく、係争商標の登録と使用が容易に関連公衆に混同を生じさせ、これにより先行商号権者の利益が損なわれるおそれがあることも要求している。
北京稲香村が提出した証拠資料は、係争商標の登録出願日前に、係争商標の指定商品の菓子などの商品において、北京稲香村が既に「稲香村」を商号として使用し且つ一定の知名度を有することを示すことはできるが、商号自体のもつ地域性や、2004年から蘇州稲香村も「稲香村」を商号として使用を開始したこと、蘇州稲香村が「稲香村」の商標を譲り受けた状況などを考慮し、双方の会社の歴史、現実、及び市場で長年併存している現状などを総合すると、係争商標の登録出願が、北京稲香村の先行商号権を侵害すると認定できない。係争商標は改正前の『商標法』第31条の「商標登録出願は他人の現存の先行権利を侵害してはならない」との規定に違反していない。
5. 係争商標は、改正前の『商標法』第41条第1項に規定の「欺瞞的な手段またはその他の不正な手段により登録を受けた」という状況に該当するかどうか。
商標評審委員会は以下のように主張した。
改正前の『商標法』第41条第1項に規定の「欺瞞的な手段またはその他の不正な手段により」登録を受けたという状況は、商標登録が取消される絶対的事由となる。その絶対的事由とは、すなわち、商標登録を出願する際に、商標局に対して欺瞞的な行為をはたらき、または、その他登録手続きをかく乱して、公共の利益を害し、不正に公共の資源を占用し若しくはその他の方法で不正な利益を獲得する手段を講じることである。
北京稲香村が提出した証拠は、係争商標が欺瞞的な手段またはその他の不正な手段により登録を得たことを証明するに足るものでないため、係争商標の登録は改正前の『商標法』第41条第1項規定に違反していない。
商標評審委員会は、改正前の『商標法』第10条第1項第8号、改正後の『商標法』第44条第1項、第3項、第45条第2項、第46項の規定により、係争商標の無効宣告の裁定を下した。
ここ数年、特定の歴史的背景が要因で、同一の老舗名称が併存するといった現象が珍しくなくなり、多くの紛争が起きている。今回の北京知識産権法院の判決は、歴史を尊重したうえで、市場の秩序と市場構造の安定及び消費者群の認知度と識別度に注目し、総合的に、慎重に、客観的にあらゆる要素を考慮して、商標標識間の境界をできるだけはっきりさせ、両社が訴訟で互いを消耗させるよりも、既存のブランドを大事にし、自身のブランドの特色を強化し、さらに発展していくことの方が大事であるとの見解を示した。
北京知識産権法院は、審理の結果、係争商標と引用商標はある程度類似性が存在しているが、両者の併存は消費者に混同、誤認を生じさせないため、蘇州稲香村の権益を侵害することはなく、商標評審委員会の裁定を維持するとした。また、法院は、「一般に、同一・類似商品または役務において同一・類似の商標標識を使用することは、関連公衆に商品或いは役務の出所について混同を生じるおそれがあると認定されるが、一部の商標は、標識が類似し、使用を認められた商品または役務が類似していても、特定の歴史的背景において、各自が長期間使用した結果、市場では、各自の商標に示される商品または役務の出所を区別することができるため、実際に混同を生じることはない」との見解を示した。
一審判決に対して、蘇州稲香村は、「北京稲香村には善意による使用、誠実信用、先行使用により安定した市場秩序の形成という前提条件が存在せず、また、「稲香村」商標を先行使用したことや長期間単独で訴訟に係る商標を使用して形成された客観的な歴史と現状も存在しておらず、特に既に客観的に関連公衆に混同誤認を生じさせたため、訴訟に係る商標は登録可能な例外状況に該当するとすべきではない」と主張して、北京高級人民法院に上訴を提起した。
北京知識産権法院は、本件の判決に対して、「蘇州稲香村と北京稲香村は各自の努力によって共に「稲香村」の信用の発展と継続のために積極的な役割を果たしてきた。したがって、双方が継続的に誠実信用をもって経営し、互いを尊重し、合理的に計画して共同で各自の権利の境界線を維持し、消費者の信頼を尊重してこそ、「稲香村」の信用の歴史の伝承と市場価値の蓄積を実現することができ、より大きな舞台で力を合わせることが、国家の有名ブランドの育成のための貢献となる」という新しい問題解決の考え方を提示した。
学者もこの判決に対して、支持する態度を取り、「この種の紛争で争っている双方の会社は、訴訟で相手の商標権を取り消すという思考から脱却すべきである。商標権の確認、権利付与の司法審査は、先行権利を保護するだけではなく、歴史を尊重し、市場秩序も維持しなければならない。相手の消費者を獲得するという目的を達成するために、相手のブランドイメージを模倣し或いは両者の差異を希釈化して消費者に混同または誤認を生じさせようとしてはならない」との考えを示した。
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