拡大先願による新規性喪失の判断基準と趣旨
― 知的財産及び商業裁判所110年度民專訴字第32号判決 ―
専利法第23条の拡大先願による新規性喪失の規定によると、「特許出願に係る発明が、その出願より先に出願され、かつその出願後はじめて公開または公告された特許出願若しくは実用新案登録出願に添付された明細書、請求の範囲又は図面に記載された内容と同一である場合、特許を受けることができない」。ただし、出願に係る発明とその記載された内容が実質的に同一かどうかを判断する際には、新規性の判断基準に加えて、更に差異が通常の知識に基づいて直接的に置換できる技術的特徴に過ぎないという基準も適用される。以下の判決は判断基準の適用事例である。
n 書誌事項
判決番号:知的財産及び商業裁判所110年度民專訴字第32号判決
判決日:2022 年 02 月 15 日
事件の類型:特許権侵害差止請求事件
係争特許:台湾第I525210号「誘電体フィルムを形成する方法、新規前駆体及び半導体製造におけるそれらの使用」特許発明
n 当事者
原告:エア・リキード株式会社
被告:台湾日酸股份有限公司
n 争点と裁判所の判断の要約
1. 係争製品が係争特許の訂正後の請求項29、30の技術的範囲に含まれることについて当事者間に争いがない。
2. 係争特許の有効性に関して、被告は、係争特許発明が係争特許の優先日前に特許出願され、係争特許優先日後に出願公開された発明(乙第2号証)と実質的に同一であると主張した。
1) 乙第2号証は、2007年8月1日に出願公開された台湾第TW200728311A号「ハフニウム系化合物、ハフニウム系薄膜形成材料、及びハフニウム系薄膜形成方法」公開発明である。乙第2号証の出願日(2006年11月30日)は係争特許の出願日(2007年6月1日)より早い。また、乙第2号証の優先日(2005年12月6日)も係争特許の優先日(2006年6月2日)より早い。
3. 裁判所の判断について:
1) 乙第2号証と係争特許の請求項29、30の技術的特徴の唯一の違いは、乙第2号証の化合物に含まれる金属元素がハフニウム(Hf)であるのに対し、係争特許で定義された金属元素はジルコニウム(Zr)であるという点である。
2) 原告は、拡大先願による新規性喪失の判断基準における直接的に置換できる技術的特徴について、機能と技術手段と目的が完全に同一であることが条件であると主張した。しかし、新規性を判断する際には功能と技術手段と目的がすべて同一かを考慮する必要がなく、拡大先願による新規性喪失を判断する際にも要求されていない。
3) 2つの金属元素(HfとZr)の機能は実質的に同一であることに基づいて、通常の知識を有する者は、化学反応において2つの金属元素の特性が同等であり、直接的に置換できることが分かる。
4) 乙第2号証は、係争特許の請求項に特許権を付与すべきではなく、無効であることの証拠として使用できる。
n 判決主文
1. 原告の請求及び仮執行宣言の申立をいずれも棄却する。
n 結論
拡大先願による新規性喪失の趣旨は、2つの発明が同一の場合に、先に出願され、かつ後願の出願後はじめて公開または公告された発明が、後願の先行技術に属しない状況を回避するため、法律により先願を後願の先行技術として取り扱うことである。新規性の観点に加えて、重複特許を排除すべきであることに焦点を当て、同一発明に2つ以上の特許権を付与する事態を回避する。
注目に値するのは、判決書で拡大先願による新規性喪失の趣旨について、裁判所が善意の第三者の角度から別の考え方を以下のように示した点である。
「同一(又は直接的に置換できる)発明又は実用新案に前後して権利を付与すると、善意の第三者が当該特許発明又は実用新案を実施したいが、誰に実施権の許諾について協議を求めるべきか分からない状況になり、2つの特許権又は実用新案権が相互に他人の実施を排除することになり、結果的には専利法第1条に規定されている産業の発展を促進するという目的と矛盾する。」
拡大先願による新規性喪失に係る先願と後願は両方とも台湾で提出した出願案件でなければならず、先願と後願が国内又は外国の優先権を主張した場合、優先日が認定の基準となる。 |