台湾 知的財産裁判所が
特許の実施許諾契約は不提訴契約に
属すると認定
【判決番号】:知的財産裁判所107年民専上更(一)字第3号民事判決
▓ 事件の経緯
特許権者である宏正自動科技股份有限公司(以下、宏正自動という)は、2009年5月に佑霖科技股份有限公司(以下、佑霖という)と米国特許3件(以下、係争特許という)をライセンス対象として米国特許技術の実施許諾契約を締結した。契約によると、佑霖は宏正自動に賠償金580万台湾元を一括(lump sum)払いし、四半期ごとに継続実施料(ongoing royalty)を支払うことに同意しており、継続実施料は、実施許諾された特許技術を使用して製造された製品の販売価格の7.5%で計算することが約定されていた。佑霖は2011年5月に前述の賠償金580万台湾元を支払った後、製品の販売に対する実施料を一切支払わなかった。宏正自動は2013年3月に催告をしたが、それに対して佑霖は係争特許の有効性に疑問があるため、書面で実施料の支払いを拒否する旨の回答をした。宏正自動は2014年5月に特許技術の実施許諾契約を終了させると共に、佑霖が契約に違反したとして訴訟を提起した。
第一審では、知的財産裁判所は原告の宏正自動勝訴の判決を下し、被告の佑霖はそれを不服として控訴をした。第二審では、知的財産裁判所は被控訴人の宏正自動敗訴の判決を下したため、宏正自動は最高裁判所に上告をした。最高裁判所は事件を知的財産裁判所に差戻す判決を下した。今回の差し戻し審で、宏正自動は当事務所弁護士チームの彭國洋弁護士らを訴訟代理人として指名した。当事務所の弁護士チームが本事件の訴訟策略を修正し、答弁の論述を調整した結果、裁判所はその主張を認め、最終的に宏正自動勝訴の判決を下した。
この事件のポイントは、実施許諾契約の締結後、そのうち1件の米国特許の権利範囲が第三者による当事者系再審査請求(Inter Partes Reexamination)により変更したことにある。これは佑霖が実施料の支払いを拒否した表面上の理由であり、本事件の裁判では、佑霖が前に約定した継続実施料を支払うべきか否かを判断するうえで、佑霖が実施許諾を受けた特許技術を「使用」したか否かが、一度本事件の紛争の焦点となった。
具体的には、佑霖は「和解契約を締結するときに、宏正自動から現在の使用現状に適した特許技術が提供されることが合理的に予測されたため、それに相応する実施料の支払いに同意した。つまり、宏正自動には全ての実施許諾に係る特許が有効且つ実施可能であることを保証する義務がある。しかしながら、その後、当事者系再審査により当該米国特許の権利範囲に変更が生じたため、係争特許は既に使用収益に適した状態になく瑕疵があるものとなる、つまり、宏正自動が契約の給付義務の履行をしなかったため、佑霖は同時履行の抗弁の法理に基づき、契約を解除し且つ実施料の支払いの免除又は減額をすることができる」と主張した。
当事務所は宏正自動からの委任を受けた後、両者の紛争の焦点を以下のように、当該特許技術実施許諾契約の精神と内容をどう正しく解釈するかに戻した。
第一に、佑霖の製品が係争特許の権利範囲に入るか否かは、争点として議論する必要はない。当方は、差し戻し審において、実施許諾契約の前文によれば双方が当初「和解」の目的で契約を結んだことを強調した。つまり、一括払いの賠償金と継続実施料を受け取るのは、佑霖が3件の係争米国特許のいずれかの請求項を侵害しているか否かの紛争と、将来佑霖が3件の係争特許に記載されている技術的特徴を実施することで当該特許の侵害となる可能性が生じる不確定要素をなくすためであると強く主張した。簡単に言えば、本契約は過去の紛争を解消し、将来のリスクを排除するためのものである。
第二に、宏正自動の主たる給付義務は、係争特許が「適法且つ有効で、使用収益に適した状態にある」ことを保証し、それを法律上の保護として佑霖に提供する作為義務と、宏正自動が佑霖に対して特許権侵害を主張してはならない不作為義務であり、これは最も重要な点である。この「不提訴契約(covenant not to sue) 」により、佑霖は宏正自動に権利侵害を主張される心理的負担をなくすことができる。言い換えれば、宏正自動は係争特許が使用収益に適した状態にあることを保証し、佑霖が実施料を確実に支払った場合、双方はそれぞれの主たる給付義務を履行したことになるため、係争特許が実施されたかどうかを深く追究する必要はまったくない。
第三に、本契約の第四条には、実施許諾された係争特許の「全て」の請求項が実質的に範囲を制限された又は無効を宣告された(materially limited or declared invalid)場合に、佑霖は給付義務の履行を免除されると記載されている。言い換えれば、係争特許の「いずれか一つ」の請求項が有効であれば、佑霖は実施料を支払う義務があり、さらに、将来係争特許の「全て」の請求項が無効を宣告されたとしても、既に支払った実施料の返還を請求することはできない。それは、実施権者が実施料の支払い期間中に、実施許諾者から権利侵害訴訟を提起されることはないという利益を得たためである。
特に注目に値するのは次の点である。佑霖は、売買の譲渡契約の法理に基づき、「宏正自動には瑕疵のない目的物の給付義務があるため、係争特許のうちの1件が当事者系再審査を受けて、一部請求項が削除され権利範囲に変更が生じたとき、宏正自動の給付は不完全給付(履行)となるので、佑霖は当然、同時履行の抗弁により実施料の支払義務の履行を免除される」と主張した。しかしながら、宏正自動は、特許の実施許諾契約は売買の譲渡契約とは異なることを強調した。売買の譲渡契約においては、譲渡側の主たる給付義務は物又は権利を給付するとともに、その所有権を譲受側に移転することであり、譲渡側には民法の規定により瑕疵のない物又は権利を保証する責任があるが、特許の実施許諾契約においては、実施許諾者は「使用収益に適した状態」にある権利を実施権者に付与すれば、その主たる給付義務を履行したと認められる。つまり、売買の譲渡契約では、対象の移転は終結性を有するが、特許の実施許諾契約では、対象の使用権限の付与のみであるため、両方を比較するのは誤りである。それに、宏正自動は、当事者系再審査において係争特許の有効性を維持するために積極的に訂正を提出して、特許の権利範囲の全てが無効とされ取消されるリスクを回避した。これはまさに、その給付が許諾契約の趣旨に沿うものであることを保証するためであり、宏正自動は履行すべき義務を既に果たしたと言える。
最終的に知的財産裁判所は、本特許の実施許諾契約が有効であると判断し、佑霖に対して元金と利子を含めた計約859万台湾元の実施料を支払うよう命じる判決を下した。なお、佑霖が法定期間内に上訴を提起しなかったため、本事件の判決は確定した。
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