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「阻害要因」の定義について知的財産裁判所が新見解

【事件番号:知的財産裁判所101年度行専訴字第113号判決】
一、事実

 原告は特許番号第I313310号(以下、係争特許)、発明の名称が「星糸を製造するための方法及び交絡ノズル」の特許権者であり、係争特許は無効審判を経て、被告(経済部知的財産局)により「無効は成立し、特許権を取消すべき」との処分が下された。原告はこれを不服として訴願、行政訴訟を提起したが、知的財産裁判所の審理を経て、原告の訴えは棄却された。

 

二、争点

 
 引例には、引例間の組み合わせは非自明であると認定される、係争特許の請求項の技術的特徴に対する阻害要因があるか否か。
三、原告の主張

 係争特許が進歩性を有するとの原告側の主張の論点の一つは、引例3に開示されたのが22.22%という単一の数値であり、係争特許の請求する範囲の10%~20%とは重複しておらず、かつ、係争特許の実体審査期間において被告の審査官が検索した先行技術の範囲は50%~200%であり、これも係争特許の請求する範囲とは重複してしない。したがって、先行技術の範囲は実際には係争特許が請求した範囲の阻害要因となる。

 

四、知的財産裁判所の判決:原告敗訴。

 

理由

 
1.「阻害要因(teaching away)」とは、米国の特許に係る司法実務から創設された
概念で、先行技術が技術又は安全等の理由に基づいて発するメッセージであって、
発明者の特許出願に係る発明の内容を当業者が完成することを制止し、反対し或いは
否定する、又は発明者の特許出願に係る発明の内容とは完全に異なる方向へ当業者を
導くものであり、当業者の先行技術に開示された技術内容により発明者の特許出願に
係る発明の内容を完成する考えを打消し又は思いとどまらせるもので(阻害要因)
ある。したがって、発明者の特許出願に係る発明の内容は、先行技術の教示する因果
関係の範囲内になく、特許の進歩性の認定において当該発明に有利である。
2. しかし、科学原理又は応用の技術分野に基づき、先行技術と発明者の特許出願に係
る発明内容の採用する技術手段にある構造特徴、設定条件若しくは使用条件の差異を
判断するとき、科学又は技術は絶えず実験を積み重ね又は「試行錯誤」により発展す
ることから、先行技術におけるいわゆる少数説の科学界から排除された極端な誤りで
、発明者の特許出願に係る発明内容を制止し、反対し、否定する、又は反対の方向へ
導くことによって、はじめて係争特許の請求範囲の「阻害要因」となる場合を除き、
先行技術と、発明者の特許出願に係る発明内容との間の技術的特徴の差異に、「阻害
要因」の事情があるとは言い難い。これは、発明者の特許出願に係る発明内容との間
に若干技術的特徴の差異がある先行技術、又はいわゆる少数説の実験の積み重ね又は
「試行錯誤」は、異なる見解の教示又は知識に属すべきであり、当該先行技術又は少
数説が必ず阻害要因の効果があり、発明者の特許出願に係る発明内容が進歩性を備え
るとの推論において有利であるというわけではない。
3. 係争特許の請求項1に特定された「ノズルの噴射空気供給通路拡幅部の両側は、
糸道の幅の10%~20%の割合で張り出す」は、原告の述べた先行技術又は引例3との
差を有しているが、溝など課題を解決するための手段が、ノズルの糸道に空気渦流化
室を形成し、渦流を注入することにより撚目を作るものであり、根拠となる科学原理
又は応用する技術分野はいずれも同じである。また、係争特許の明細書に開示された
先行技術と関連する図13a13d14b14cにもノズル芯を有する空気渦流化室
「構造」の特徴が開示され、かつ、明細書第3頁の要約及び第4頁第12行には「張
り出す長さは糸道の幅の22%より小さく5%より大きい」という技術内容が記載され
ているが、当該「22%」は引例3に開示された「22.22%」に非常に近い。係争特許
は特許請求の範囲の当該「22%」及び「5%」という上限値、下限値を「20%」及び
「10%」に変更したが、係争特許と先行技術又は引例3のいずれも空気渦流室に渦流
を注入して撚目を作るという技術手段に変わりはない。さらに、先行技術又は引例3
は係争特許の請求項に限定された「張り出す長さは糸道の幅の20%より小さく10%よ
り大きい」という技術内容を否定する開示も教示もなく、係争特許の「阻害要因」を
構成するものではない。

五、知的財産裁判所のその他の判決の見解

 

1. 知的財産裁判所は102年度行専訴字第25号判決で次のような見解を示した。

 
「いわゆる「阻害要因」とは、先行技術が当該既知の素子の組み合わせを明確に排除す
る或いは当該既知の素子の組み合わせが技術の本質上相容れないことを教示している
、または先行技術が開示する技術内容に基づくと、当該発明が解決しようとする課題
に対して当業者が、発明者が採用した技術手段とは逆の研究方向を採用することをい
い、先行技術が同一の技術的課題について異なる技術手段を提示している、又は先行
技術と係争特許の解決しようとする課題が主観的に僅かに異なっていることは、阻害
要因が存在することを必ずしも意味しているわけではない。その理由は、先行技術の
内容は当該発明の採用する技術手段を当業者が採用することの妨げとはならないから
である。」
2. 知的財産裁判所は民事判決の98年度民専上字第58号判決でも次のような見解を示
した。
「いわゆる「阻害要因」とは、先行技術が当該既知の素子の組合せを明確に排除する或
いは当該既知の素子の組み合わせが技術の本質上相容れないことを教示している、ま
たは先行技術が開示する技術内容に基づくと、当該発明が解決しようとする課題に対
して当業者は、発明者が採用した技術手段とは逆の研究方向を採用することをいい、
先行技術が同一の技術的課題について異なる技術手段を提示している、又は先行技術
が一部の実施例しか開示していないことは、阻害要因が存在することを必ずしも意味
しているわけではない。その理由は、先行技術の内容は当該発明の採用する技術手段
を当業者が採用することの妨げとなって、当該既知の素子を組み合わせる動機付けに
影響するわけではないからである。」

六、特許審査基準の「阻害要因」に関する説明

 

1. 係争特許は2009624日に特許査定となった。特許査定時の2004年度版の審査基準には「阻害要因」の概念に対して説明がなく、第二篇第三章第3.3「進歩性の審査原則」第(1)項に、二つの技術内容に開示された必須の技術的特徴が先天的に相容れない場合、その技術内容の組み合わせは自明ではないことと、第三章第3.4.2.3節「技術的偏見を克服した発明」に、特許出願に係る発明が当該技術分野における通常の知識を有する者の長期に亘って存在する偏見を克服し、技術的偏見によって放棄されていた技術を採用することで、直面していた課題を解決することができる場合は、容易に完成できるものではないことを証明できる、とだけ記載されている。然しながら、これらの基準内容は「阻害要因」の概念を具体的に説明するものではない。そのため、知的財産裁判所は原告の「阻害要因」の主張に対し説明する必要がある。

 
2. 現行(2014年度版)の審査基準も「阻害要因」の概念についてやはり具体的な説
明がなく、第二篇第三章第3.4.1節「進歩性の判断ステップ(d)関連の先行技術に
おける特許出願に係る発明に関する教示又は提案」の中で、関連の先行技術において
既に、特許出願に係る発明に関する教示又は提案が明確に記載又は実質的に暗示され
ている場合、通常その組み合わせは自明に該当するが、ただし、関連の先行技術にお
いてその他の関連の先行技術との組み合わせを排除する教示があれば、その結合は非
自明であると認定できる、とだけ記載されている。

七、結論

 

 知的財産裁判所の「阻害要因」に対する定義によれば、先行技術においていわゆる少数説の科学界で排除される極端な間違いで、先行技術において発明者の特許出願に係る発明内容を制止、反対、否定し、又は反対の方向へ導くことによって、はじめて係争特許の請求範囲の「阻害要因」となる場合を除き、先行技術と発明者の特許出願に係る発明内容との間の技術的特徴の差異に、「阻害要因」の事情があるとは言い難い。発明者の特許出願に係る発明内容との間に若干技術的な差異がある先行技術、又はいわゆる少数説の実験の積み重ね若しくは「試行錯誤」について、上記の「阻害要因」の事情が存在しない場合には、異なる見解の教示又は知識に属すべきであり、当該先行技術又は少数説が必ず阻害要因の効果があり、発明者の特許出願に係る発明内容が進歩性を備えるとの推論において有利であるというわけではない。

 

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