後知恵の客観的な判断基準に対する最高裁の見解
― 111年度台上字第186号民事判決 ―
特許権侵害事件において、被告が無効の抗弁を主張する場合、裁判所は通常、特許審査基準に規定された出願案件の審査と同様の、①係争特許の範囲を認定する、②関連する先行技術に開示された内容を認定する、③係争特許の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という)の技術レベルを認定する、④係争特許と、関連する先行技術との間の差異を確認する、⑤当業者が先行技術および出願時の通常の知識を参酌して、係争特許を容易に完成できるか否かを判断する、との手順で進歩性の有無の判断を行う。したがって、進歩性の判断のポイントは、「当業者が、出願前の既存の技術または知識を用いて容易に完成できるか否か」である。
審査の過程で生じる「後知恵」が進歩性の判断に影響するのを回避するため、不確定概念に属する「当業者」を明らかにすることが重要である。しかし、特許権侵害事件では、被告が無効の抗弁を主張する場合、その当業者を先に解釈または定義すべきか否かについて、実務では肯定説、否定説ともにある。否定説は、訴訟の過程で開示された先行技術または進歩性に関して論理を構築する過程において、ある程度当業者が具体化されるので、さらに定義する必要はないというものである。一方、肯定説については以下のような判決がある。
上告人(第一審原告、控訴審控訴人)の特許権(I420783)の存続期間は、2001年2月1日から2015年10月16日までであった。上告人は、台湾の法律に規定される権利侵害による損害賠償請求権の時効(2年)が満了する直前に、特許権侵害訴訟を提起した。しかし、第一審と控訴審で係争特許には進歩性がないと判断され、上告審では最高裁判所が控訴審の裁判所に事件を差し戻した。
まず、最高裁判所は、原審裁判所が係争特許の明細書を参酌せずに、被控訴人が無効を主張した請求項が明確に開示されていないことを理由として、実施が不可能または困難であると判断したことについて、法律の適用が適切ではないので、法令違反であると判断した。
次に、係争特許の出願日は1995年10月17日であり、出願当時の通常知識の観点から客観的に判断すべきであるとした。控訴人は、訴訟の過程で、係争特許に記載された名詞の解釈は当該業界の技術者の意見に基づくべきであり、20年以上前の当業者を専門家証人として召喚し、その当業者の技術水準を証明する必要があると主張したが、原審裁判所は、控訴人の主張を採用しなかったことまたはそれについての調査が必要ない理由を説明せず、また、当業者を認定しなかったため、原審は法律の適用が適切ではなかったほかに、判決の理由不備に該当するとした。
また、原審において、控訴人は、係争特許が20年以上前にイギリス、アメリカ、中国、日本などの各国で特許査定され、そして、国内の多くの上場企業と係争特許権のライセンスを締結したことにより、長年の課題を解決して商業上の成功をおさめたことを繰り返し述べたが、原審裁判所がそれを無視したことは、論理則・経験則に違反し、判決の理由不備に該当するとした。この点に対し、最高裁判所は、進歩性の審査にあたって、主観的な判断の誤り(たとえば後知恵)を避けるため、①特許が長年のニーズを解決した、②特許が既存製品に取って代わったことにより商業上の成功をおさめた、③ライセンスと競争者の黙認、④侵害者に模倣または称賛された、⑤同時期にほぼ同一の発明がなかったといった要素を考慮することができると言及した。
本判決において、最高裁判所はまず、「当業者」の認定について当事者間に争いがある場合、裁判所が当業者の認定を行うまたは行わない根拠を説明しなければならないと指摘した。また、「商業上の成功」については、元々特許審査基準における進歩性を肯定する判断要素のうちの補助的判断要素であったが、最高裁判所は、具体的判断要素について新たな見解を提示し、進歩性を判断する際の重要性を認めたようである。つまり、後知恵が進歩性の客観的判断に影響を与えるのを回避するため、最高裁判所は「当業者」と「商業上の成功」の認定がいずれも重要だと考えたのである。今後、裁判所がこの判決の見解に従うのか、それとも当事者間の争いの切り口になるのか、今後の展開が注目されるところである。 |