事務所情報 | 出版物品 | 2017年 12月
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台湾の知的財産裁判所の
最近の実務及び専利審査基準の改訂


 台湾知的財産局(TIPO)は重要な行政訴訟事件及び民事訴訟事件を定期的に見直したり、収集したりして、そのうちの価値のある訴訟問題について分析を行っている。また、知的財産局は2017年に専利(特許、実用新案、意匠)審査基準の特定の章及び節について若干の改訂を行った。

 本稿では、進歩性の有無が争われた第98108353号「フロー・バルブ遮断制御装置」特許出願の行政訴訟判決、訂正による特許請求の範囲の実質上の変更が議論された第93136448NO1号「モーター」特許無効審判に係る行政訴訟判決、及び特許権侵害の損害賠償に関する民専訴字第66号の民事訴訟判決の3件の注目に値する事例を引用して、最新改訂版の専利審査基準で提示された関連の内容について述べるとともに、専利権者(出願人)にとって専利出願や権利行使において役立つ実用的なポイントをまとめてみた。

発明が容易に完成できるか否かの判断

 98108353号「フロー・バルブ遮断制御装置」特許出願の判決(1042015)年度行専訴字第44号)は、知的財産局が、特許出願人のフロー・バルブ遮断制御装置(図1参照)の出願に対し拒絶査定を下し、出願人はこれを不服として、知的財産裁判所に提起した行政訴訟の判決である。知的財産局は、引例1(図2参照)及び引例2(図なし)を引用して、引例1には主に係争発明のバルブ構造が、引例2には係争発明の中間可動管構造が開示されており、引例1の突出管(緑色のハイライト部分)に係争発明の可動管と同様の技術が使用されているため、係争発明の可動管(黄色のハイライト部分)は、突出管の機械的組立の簡単な組合せ、変更に過ぎず、進歩性を有していないとして拒絶査定とした。

 台湾では、特許要件の一つである進歩性について、以下のステップで判断しなければならない。

ステップ1:特許出願に係る発明の範囲を確定する

ステップ2:先行技術に開示された内容を確定する

ステップ3:当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者の技術レベルを
確定する

ステップ4:特許出願に係る発明と先行技術との差異を確認する

ステップ5:特許出願に係る発明が容易に完成できるか否かを判断する

 出願に係る発明が、当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(先行技術及び先行文献を理解し、利用することができる架空の人物)によって先行技術から容易に完成できるものでない場合、進歩性があると判断される。 

 知的財産裁判所は、知的財産局が行った拒絶査定の処分を取消した。その理由は「係争発明も先行技術も同一の技術課題(即ち、水漏れを防止する)を解決するが、先行技術の突出管と係争発明の可動管は構造上異なっている。即ち、前者は蛇口本体に固定して取り付けられたものであるが、後者はその名の通り、独立した管として、一端が蛇口本体内で移動可能であり、他端が係争発明のフロー・バルブに連結されている。加えて、技術的効果の観点では、先行技術の組合せは必ずしも係争発明のもたらす効果と同一効果(つまり、蛇口本体または管と蛇口の接続部分が破壊されても、水漏れを回避できること)を達成できるとは限らない。係争発明に同じ破壊の状況が起きた場合、フロー・バルブ(赤色のハイライト部分)は、機械的に損傷した可動管(黄色のハイライト部分)を除去する際に、水の流れを止める機能を発揮できる。この点から、先行技術は同一の技術的効果を奏することができないことがわかる。したがって、係争発明は容易に完成することができないため、先行技術の引例は、係争発明の進歩性欠如を証明するに足るものではない」である。  



1:係争発明

  



2:引例1(先行技術)

 
 知的財産裁判所は、進歩性の審査は特許出願に係る発明全体を対象とし、解決しようとする課題、課題を解決するための技術手段及び先行技術と比較した効果を総合的に考慮するべきであり、採用した技術手段に差異がある場合(本件の場合のように)、自明性、非自明性を決定する前に、先行技術が係争発明と同一の技術的効果を奏するか否かに注意すべきであると指摘した。

 知的財産裁判所はさらに、特許出願に係る発明の全ての特徴的技術が先行技術、参考文献に開示され又は通常の知識となった場合にのみ、進歩性欠如と認定できると強調した。この事件においては、独特の構造及び付加的な技術的効果を有しているため、先行技術から係争発明を容易に完成することができないと認定された。

 ただし、読者の皆様(又は特許権者の皆様)には、上記案件における進歩性の判断は改訂前の「審査基準」に基づいている点に注意されたい。改訂された専利審査基準では、進歩性の上記の審査ステップ、特にステップ5の「特許出願に係る発明が容易に完成できるか否かを確認するステップ」が改訂された。ステップ5では、審査官は先ず、主引例にその他の副引例を組合せる明確な動機付けがあるか否か、又は実際にはこのような動機付けを必要としないかを考慮して、先行技術の組合せが明白であるか否かを確認しなければならない。当該問題の答えが肯定であれば、審査官は続いて全ての要素を総合的に考慮し、進歩性欠如の論理付けを構築できるか否かを検討しなければならない(図3参照)。 




3:特許出願に係る発明が容易に完成できるか否かを判断する


 審査官は、複数の引例を組み合わせる動機付けとなり得る要素を詳細に見て、四つの要素をいずれも考慮しなければならない。二つ又は複数の引例が同一又は関連する技術分野に属する場合、一般に、他の三つの要素のうちの一つ以上の要素を考慮しなければならない。しかし、これは審査官が一つの強い要素(それがある場合)をもって引例の組み合わせが明らかであることを判断する可能性を排除するものではない。


 「特許出願に係る発明が容易に完成できるか否かを判断する」ステップ
5のほかに、改訂された審査基準の進歩性のの二つの判断ステップも注目に値する。

 ステップ
3は、当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者の技術レベルを確定するステップであるが、この通常の知識を有する者について、実際には、このような人物は架空の一群の人々(一人の者だけではない)であってもよい。例えば、多分野に跨る技術チームで共同研究する場合のものでもよい。

 ステップ
4は、当該発明と先行技術との差異を確認するステップであるが、進歩性の判断で引用する引例に関して説明内容が加えられた。改訂された専利審査基準により、審査官は、(同一分野の引例、又は実質的に同一の課題を解決する取得可能なその他の全ての引例の中から)単一の「主引例」を引用する必要がある。これは、先行技術と特許出願に係る発明との関連性に起因する審査官の後知恵を避けるためである。

特許付与後の訂正は、元の技術的特徴を反対の意味の用語に置き換えた場合、認められない


 これは、最高行政裁判所で、訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かが審理された第
93436448NO1号「モーター」特許無効審判に係る訴訟の判決(1042015)年度行専更()字第6号)である。特許権者は無効審判において、防御手段として、特許請求の範囲の訂正請求を行った。その後、特許請求の範囲の実質上変更と判断され、訂正は認められなかった。その後、改めて行った訂正請求で訂正は認められたものの係争特許は無効とされた。

 特許権者は、訴願、行政訴訟を提起し、知的財産裁判所の下した判決の取消を求めて、最高行政裁判所に上訴した。当該事件は現在、知的財産裁判所に差し戻され審理が行われている。

係争特許はモーターであり、その技術的特徴はオイルシールとロータで形成された空間から「余分な潤滑油を逸散させる」ことができることである。しかしながら、明細書では二箇所で当該特徴についての描写が異なっている。係争特許の明細書の発明の内容によると、当該空間は「逸散した余分な潤滑油を回収する」ためのものであるが、発明を実施するための形態の記載によれば、当該空間は「複数の曲折した」空間で、「余分な潤滑油の逸散を阻害する」ことが可能である。知的財産裁判所の解釈によれば、当該明細書には係争特許の二つ異なる実施例が記載されている。


 無効審判中、特許権者は特許付与後の特許請求の範囲について訂正を提出した。その訂正では、発明の内容に記載された「余分な潤滑油を逸散させる」との表現が、「余分な潤滑油の逸散を阻害する」との表現に置き換えられた。知的財産裁判所は、当該空間が「複数の曲折した」空間でない場合、余分な潤滑油の逸散を「阻害」することができず、さらに、係争特許の請求項は当該空間の曲折構造についてさらに限定していないため、当該空間は余分な潤滑油を回収できるだけで、その逸散を阻害できないと判断し、専利法及び専利審査基準により、当該訂正は特許付与後の特許請求の範囲の実質上の変更であると認定して、当該訂正を認めないものとした。


 しかしながら、知的財産裁判所の理由では、明細書及び図面に開示された全ての内容を公正に判断できないため、疑義が残るものとなった。上述した通り、明細書の発明の内容においては、当該空間の位置が簡単かつ概略的に記載されただけであり、一方、発明の実施形態においては、当該空間が提供する特定の実施例(即ち、複数の曲折構造により余分な潤滑油の逸散を阻害するための好ましい実施例が挙げられている)が詳細に記載されている。さらに、図面を参照すると、当該空間には複数の曲折構造が一つしか示されておらず、他に適用できる位置がない。このことから、当該係争特許には実施例が一つしかないとの結論が導き出せる。有効性推定原則によれば、請求項を解釈するときは、有効の方向に解釈すべきであるが、裁判所は明細書の発明の内容には二種類の異なる実施例が示されていると見なし、たが、図面には一種類しか示されていないことから、このような請求項の解釈は、当該原則と矛盾するものとなった。


 裁判所の判決が異なるとしても、特許権者はやはり特許請求の範囲の訂正の制限について注意しなければならない。専利法第
67条第1項の規定により、下記の場合は、特許請求の範囲の訂正を請求することができる。

  • 請求項の削除
  • 特許請求の範囲の減縮
  • 誤記又は誤訳の訂正
  • 不明瞭な記載の釈明

 このほか、専利法第67条第4項には、特許請求の範囲の訂正は、「公告時の特許請求の範囲を実質上拡張し又は変更してはならない」と規定されている。

 専利審査基準では、公告時の特許請求の範囲を実質上拡張し又は変更したと見なされる状況が示されており、実質上の変更として、技術的特徴を反対の意味の用語に置き換えること、技術的特徴を実質的に異なる意味に変更すること、請求項の主題を明らかに変更すること、及び最近改訂された専利審査基準に新しく追加された「請求項に技術的特徴が盛り込まれたことで、訂正前の請求項の発明の目的を達成することができなくなった」ことが挙げられている。


 請求項の発明の目的の判断は、各請求項に記載された発明の全体を対象とし、解決しようとする課題、課題を解決するための技術手段及び先行技術と比較した効果を参酌しなければならない。訂正前と、訂正後の請求項の発明を対比した結果、訂正後の請求項の発明が訂正前の発明の目的を「達成又は減縮できない」場合、当該訂正は知的財産局に認められないことになる。逆に、盛り込まれた技術的特徴により、訂正後の請求項が元の発明の目的を達成できる場合、当該訂正は認められることになる。


特許権侵害訴訟における不当利得救済

 民専訴字第66号は特許権侵害に係る財産権紛争の判決である。この事件は、世界的に有名なスーツケースブランドの会社(以下、特許権者と称す)が、大衆消費電子製品及びエンターテイメント事業に携わる大手多国籍企業(以下、被告と称す)に対して提起した訴訟事件である。特許権者は、被告がテレビの販売を促進するために、テレビを購入する際のサービス品として係争特許の構造を実施したスーツケースを無料で提供したと主張した。この事件の判決において、知的財産裁判所は被告に対し損害賠償責任を課すのではなく、侵害製品により得た不当利得の返還を命じる判決を下した。

 訴訟において、被告は、スーツケースを無料のサービス品として提供したのであり、禁止された侵害行為である「販売」ではないため、係争特許を実施する行為はないと主張した。しかしながら、裁判所は、サービス品の実際のコストは既に販売製品(即ち、テレビ)の価格に含まれており、サービス品は、基本的に商業上の利益を生み出すのに貢献していると認定した。従って、「一つ買うと一つおまけ」というビジネスモデルは専利法に規定された「販売の申出」又は「販売」と見なされ、被告の商業行為は侵害行為であるとされた。


 しかしながら、損害賠償請求の前提条件は、特許権者が被告の「犯罪意思(即ち、故意又は過失)」を証明しなければならないことであり、これこそが本当の挑戦である。裁判所は、被告がスーツケース製品の製造、卸売り、又は小売に従事していないと認定した。これにより、裁判所は、同一分野の特許技術を調査する義務において、被告が払うべきなのは「比較的低いレベルでの注意義務」であると判断した。


 それに対して、特許権者は主張の根拠を「民法第
179条」の不当利得の規定に転換した。この条文には「法律上の原因なく利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした場合、その利益を返還しなければならない」と規定されている。被告は、特許権者の販売する真正品の価格をはるかに下回る価格で別の供給元から係争特許の構造を実施したスーツケースを入手しているため、被告はこの二つの価格の差額を利用して利益を得たと考えられる。知的財産裁判所は、消費者に侵害製品を提供した被告の行為により、特許権者が係争特許を実施して得られるはずだった経済的利益が減少したと判断して、特許権者が損害を被ったものと認定した。そして、被告の得た利益と特許権者の被った損害との間には因果関係が存在しているため、被告は不当に利益を得たと認定された。

 この判決にある幾つかのポイントは、特許権者にとって興味深いはずである。先ず、被告の「犯罪意思」は、特許権者が専利法第
96条第2項により損害賠償請求するときの前提条件であるが、被告の「犯罪意思」を証明することが賠償を得る唯一の方法であることを意味するものではない。ここで注意すべきは、「民法第179条」に規定される不当利得の成立要件は、行為者の「犯罪意思」を必要としないという点である。これは台湾の特許権侵害訴訟において不当利得の主張が認められた数少ない事件の一つである。

 次に、特許権者は、裁判所から係争特許を実施したサービス品を提供した行為は専利法に規定された侵害行為に該当するとの認定を得ることに成功した。主要製品に付加されたサービス品を主要商品と一緒に販売することは、コストを増大させ且つ主要商品の価値も高めることになるため、実際には無料なのではない。


 最後に、特許権者は製品に特許番号を表示したタグやラベルを付けていなかった。若し、特許権者がこれを行っていれば、侵害者の悪意による権利侵害を推定することができるため、損害賠償請求の結果は異なっていたかもしれない。したがって、特許権者には、特許権侵害訴訟において損害賠償請求するのに役立つため、ウェブサイト、製品仕様書、取扱説明書及びラベルに特許番号を表示することを勧める。

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